違いを認めないで排除するなんておかしい

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「あの人はちょっと違うよね。」

この一言って誰もが言ったことあると思う。

 

違うってなんだろうね。

 

常識はずれ?違うってことは間違っていること?異常だから?おかしいから?変だから?

 


だから「あなたは別のところに行ってください。」ってそれは違うと思う。

 


違いを認めず排除するなんて、それこそおかしいと思うんですよね。

 

 

みんなと同じようにしてきた

 


僕は小さい頃から病気がちで身体が弱くよく入退院を繰り返していました。


物心ついた頃には、元気が良く外で暗くなるまで遊んだけど、それでも病気がちでよく入院してたんだよと両親から聞かされ育ったのもあって、人とは少し違うんだなと子供ながらに感じていました。

 

だから子供の頃は人と違うことが嫌で、みんなと同じようにすることがいいと思って、世間で言う良い子だったと思います。

 

宿題があればその日にすぐ取り組んだし、朝早く一番に登校したり、勉強道具を机の中に入れっぱなしにしたことなんかないし、先生に反論するなんてこともってのほか。

 

それが正しいと思っていたし、みんなもやっていたから安心していました。


だから遅刻する人や先生の言うことを聞かない人達は変なだと思っていました。

 

自分が思っている正しさとは違うことをしている人を見るたび、なぜできないのか理解できなかったです。


言うことを聞けば怒られないし、それを見た人が嫌な気分になることもないのになんで、わざわざ無駄なことをするのかなんて思ってました。

 

人と違うのは間違ってる。

だから正しく生きよう。


当時は本当にそう思っていました。


周りと違ってもいい

 

でも、そうじゃなかったんですよね。

 

周りと違うことは異常で、周りに取り残されないように、考えることを放棄して流されるように生きていたんだなって思うようになったんですよね。

 

それに気付いたのは大学生になってからのこと。アルバイトができるようになって、自分で金を稼ぐようになってからです。

 

バイト先では、自分の夢に向かっている人や自分のやりたいことに一生懸命な人が居て、色んな価値観に触れることができました。

 

自分が思っていた当たり前は当たり前じゃなくなっていました。


そこからは自分がやりたいようにやりました。


お酒を覚えたことで、たくさん飲みに行って周りに迷惑かけたし、学校に遅刻したりサボることを覚えました。

 

行きたいところがあれば迷わず向かい、ただ変わらず流されることも多かったけど、以前と比べると自分で考えてやることが多くなっていました。

 

自分で考えて動くと自然と失敗も多くなって、失敗が怖かったけど、それでも自分で考えた結果だから、素直に受け入れて改善していました。


それはそれで楽しかったんですよね。


自分のものさしで判断しない


今までの自分が本当に正しいのかと、疑いを持ち始めて、実はそうじゃないと知った時は、世界がひっくり返ったかのように、違う景色が見えて凄く新鮮な気持ちで驚きました。


僕は他人の行動を監視して、自分のものさしで正しいとか正しくないって物事を判断してたんだなと気付かされました。


正しいとか正しくないってのは、その人が決めることであって、他人が決めることじゃないんだと。

 

人それぞれ自分のものさしをもっているわけで、それはみんな同じじゃないですよね。

 

長いのもあれば短いのもあるし、硬いのもあれば柔らかいのもあるんですよ。

 

自分のものさしだけで判断することは、柔軟性に欠けるし、考えを押し付けてるだけです。

 

 

実は周りと一緒だった

 


ただ好きなことやっていたのに、いつの間にか小さい頃と同じように戻らなきゃいけないと何故か感じていました。

 

まるで今まで魔法がかかっていて、それが解けていくかのように、やっぱり周りと違うことしたらダメなんだと、無理にでも言い聞かせていました。

 


何故こんなことを考えるようになったのか、、。

 

 

周りと違うことがいいと思っていたのに、周りが就職活動をスタートさせているのを見て、これはやらなきゃいけないんだと感じていました。

 

それは両親がせっかく出してくれた大学を無駄にするわけにはいかないと思ったし、自分自身も企業に就職してさらにお金を稼いで自立しなきゃなという思いがあったから。


当時の僕はやりたいことがなくて、やりたいことを見つけるために大学に入りました。

 

自分で考えて動いてやりたいことを見つけていこうと思ってたけど、時間はあっという間に経って就職活動時期に差し掛かっていました。

 

就職活動を始めたことで、実は周りと同じだったってことに気付かされました。


だからせめて、自分のペースでやっていけば大丈夫だと思って動いていたけど、内定というゴールがなかなか見えなくて焦りながら何とか頑張っていたけど心はとても疲弊していました。

 

内定がなくてもアルバイトでもいいから大丈夫と思だてから、二社の内定をもらった時はさすがに驚いたし嬉しかったです。

 

結局、新卒で入った会社も一年で辞めましたが。

 

違う存在が目立っていた


就職活動で気付いたのは、周りと同じだったことだけでなく、常識と呼ばれるものをベースに周りとは少し違った行動や価値観に触れてきた人が内定を取っていたこと。

 

例えば、学生時代に会社を立ち上げたとか海外に留学したとか、僕にとって考えもしてなかったことを内定をすんなり取っていた人はやっていたんですよね。


僕が憧れていた周りとは少し違う存在が目立っていたわけです。

 

周りとは違うのは嫌だから周りと同じようにして、周りと違ってもいいと気付いてフットワークが軽くなったのに、実はそれも周りと同じだったことに気付かされて、何が何だかもうよくわからなくなっていました。

 

 

周りとは違っても違わなくてもどっちでもいい

 

違っていようがいまいがどっちでもいいのに、僕は異常というのにただ敏感に反応していただけなんだと思います。

 

どっちでもいいから、自分のものさしで物事を判断するんじゃなくて、自分は自分であって他人は他人なんだということ。

 

そこに正解も不正解もなくて、自分の気持ちに素直になって動くことが大事なんじゃないかなと。

 

僕はここまで結局、自分の気持ちに素直に動いていたんだと思います。

 

 

良い子でいることを自分が求めていて、それに飽きてヤンチャする自分を求めて、でもやっぱり戻らなきゃと正直に行動した結果が今なんですよね。

 

 

それが果たして正解なのか不正解なのか僕にもわかりませんが、僕がそれで良ければいいと思うし、他人にとっては異常かもしれないけど、それは僕が知ったことではないです。


だからおかしくたって、僕は僕の生きる道を進むだけだと固く心に決めて、自分の気持ちに正直にこれからも楽しんでいきたいと思います。